「人生は、答えよりも、どのような問いを持つかで決まる。」
正解を求める足を止め、自分の内側へ深く潜っていくためのメッセージです。割り切れない思いや、魂の奥底にある根源的な疑問を、地蔵の静かな眼差しと共にじっと見つめます。
人生はわたしに何を期待しているのか
自分の一生がどれくらい続くのかは誰にもわからない
でも、人生にはきっと大事な目的があるはず
ボクたちは生まれたときにその大事な目的を見失ってしまった
人生が自分に何を求めているのか どこかにヒントが隠されているかもしれない
今の人生に 今の人間関係に 今の現実の中に
探してみるのもいい頃かもしれない
そのむこう側をみる
目の前のことばかりを見ていると、
ホントのことが見えなくなる。
もともと見えないんだから、よぉく見なければ見えてこない。
だから、目に見えている、その むこう側を想像する
どこまでも想像を広げて、こころにピンとくるまで広げていく
そしてそこで出会ったものを、信じるんだ!
人生に与えられた責任ってなんだ
日々の生活の中で、「自分が生きることの意味」や、
「生きていることによって自分に課せられた責任」とは何だろうかと、
時折深く考えることがあります。
自分の家族や職場の仲間、そしてこれまでに出会ってきた何十人、何百人、
あるいは1000人を超えるかもしれないすべての人たちの人生を思い浮かべます。
自分が日々行うことや、考えていることの1つひとつが、
何かしらの形でそれらの人たちに影響を与えているのだと感じています。
もし自分が他者に影響を与えているのだとしたら、
やはり「自分自身の行動や心を律すること」、
そして「常に自分を静かに反省し続けること」こそが、
人生における大切な責任なのではないでしょうか。
いつかっていつだよ
今度にしよう
明日でいいや
いまじゃない
やらないでいるための、簡単な言い訳
そのうち いつかって言っているうちに、土壇場になって慌ててしまう
経験から言って、土壇場にならないと人は決められない
だったらはっきり言ってみよう
いつかじゃなくて、土壇場になってからやる!と。
そこまで先延ばしにできるなら
自分に問う ほんとはどうしたい?
どうすればいいのか?どうすべきか?と答え探しを始めると、
あっという間に自分軸から離れていく。
答えを外の世界に求めるのもいいけど、
そんなときは自分の心に聞いてみるといい。
「ほんとうは、できるならば、自分はどうしたいんだろう」って。
どう生きても たどりつくところは同じだったら その道をたのしめばいい
どう生きても たどりつくところは同じだったら その道をたのしめばいい
If we all end up in the same place anyway, we might as well enjoy the journey.
年齢を重ねるにつれてつくづく感じるのは、結局辿りつくところは皆一緒。
そして終わりが来る。
ゴールが同じであるならば、生きている「今この瞬間」やその過程を
少しでも楽しんで生きるという選択を続けていきたい。
今の自分に対する戒めの言葉としてもや、自分に対する心がけの言葉として
この言葉を描いてみた。

