これまでの歩みの中で、思い通りにいかなかったことや、迷い傷ついた日々もあったかもしれません。けれど、そのすべての断片(ピース)が重なり合って、今のあなたという唯一無二の物語が紡がれています。良い悪いの枠を超え、自分のこれまでの道のりをまるごと愛おしく受け入れたとき、人生はまた新しい輝きを放ち始めます。
自由には 責任がある
自由はいい
でも自分勝手とは違う
自由に生きるのは、結構難しい
自由には、社会に対する責任が生じるから
そして、その責任は自分の生き方にたいしても生じる
日々懸命に生きる それが人生の目的
なんか人生の目的は、壮大な何かビジョンを掲げて
こんな風にもなりたい、こんなことをもしてみたい
こんな風に社会に役に立ちたいと
そんな風に意欲を持って生きることも大事なんだけれども
もしかしたら
今日という日
与えられた今日という日を懸命に生きる
それが究極の人生の目的のような気もします
緩やかに 穏やかに 暮らす
年の瀬を緩やかに終え、
新しい年も、緩やかに始める
そうやって、一歩を踏みしめていると、
暮らしは丁寧になる。
知ってるんだけどねぇ、それがなかなか
辿りつくことよりも 挑むことを選ぶ人生
辿りつくことよりも 挑むことを選ぶ人生
A life of choosing to challenge rather than achieve
今はただ それを受け入れよう
文句があっても、
大嫌いでも、
ふがいなくても、
自分のずるさに嫌気がさしても、
今日はただ それをそのまま受け入れよう
何をしてきたのかから 今どう在りたいのかへ還る
「何をしてきたのかから 今どう在りたいのかへ還る」
なんかやっぱりこう、若い頃からずっと色んなものを作り出してきて、生み出してきて、結果を作ってきて、あるいはそういったことを自分のミッションとして一生懸命やってきたものの、ま、この歳になって改めて、もうこれから何かを、結果を作っていくという、目指していく生き方から、
今この瞬間、自分はどういう自分でいたいのかなと、どう在りたいのかなと、そんな風に自分を見つめる時間に還っていきたいなと、つくづく思うのです。
時間を忘れて 今を味わう
1日の時間や、やらなければいけないことがたくさんあると、
自分を急がせたり、うまくいかなくて焦ったりしてしまいます。
しかし、そういう時というのは、
「今」という時間を全く味わえていません。
「あぁ、嬉しいな」
「楽しいな」
「温かいな」
など、自分が感じる工夫や、自分の感覚を味わえるのは
「今」しかありません。
明日楽しくなろうとしても、やっぱり楽しむということは、
いつも「今」しかできないことです。
今を味わいたい、そんな時間を過ごしていきたいと思っています。

