ある日、母が買い物に出かけるという。
「お留守番できる?」
そう聞かれて、
僕は大きくうなずいた。
安心して、
だめだといわれていた、指しゃぶりができると思ったのかもしれない。
けれど、
母が出ていって数分もたたないうちに、
胸の奥がざわつきはじめた。
静かすぎる部屋。
気配のない台所。
誰もいない家。
気がつくと、
僕は泣き叫びながら外に飛び出していた。
「おかーさーーん」
声が、路地に響いた。
外は雨上がりだった。
厚手の靴下をはいた足が、
ぬかるみに沈む。
ぐちゅり、と
冷たい感触が伝わる。
気持ちが悪くて、
余計に泣いた。
足の裏から、
不安が入りこんでくるようだった。
隣の家の鶏が鳴いた。
その声に驚いて、さらに泣いた。
怖くて、不安で、気持ちが悪くて。
その声に気づいたのか、
おばさんが飛び出してきて、
僕を抱き上げてくれた。
ぬかるみの冷たさが、
その腕のぬくもりに変わった。
鶏の声が、おばさんの声で消えていった。
触れた感触は、
いまも身体が覚えている。
ぬかるみの冷たさ。
抱き上げられた腕のぬくもり。
不安と安心は、
すぐ隣り合っている。
窓の外を、
ぼんやりと見ていると、
あのとき抱き上げられた
ぬくもりと、
どこか似たものが、
いまも、
この世界のどこかに
あるような気がする。
旅立った妻が、
僕を包み込んでくれているような。
世界は、
冷たいだけではなかった。
いまも、きっと。
















