Memories of the Inner Journey

第3回 香りをたどると、僕の始まりにつながる

つぶやきの奥にあるものがたり

母は、四谷で芸者をしていた。
何度か、置屋に連れていかれたことがある。

大きな屋敷だった。
畳の匂い。
磨かれた廊下。
低い声で交わされる大人の会話。

そして、
お香のにおい。
あれは白檀のお香。

あのにおいが、
どうしても好きになれなかった。

甘いようで、
少し重くて、
どこか遠い。
幼い僕には、
暗い屋敷とそのにおいが
僕から母を遠ざけるもののように感じられたのかもしれない。


においは、
言葉より先に心に届く。
懐かしさも、
さみしさも、
安心も、
においと一緒に戻ってくる。
母のそばにいるのに、
少し離れているような感覚。
あの空間で、
僕は何を感じていたのだろう。


いま、
どこかでお香のにおいをかぐと、
胸の奥が、
ほんの少しだけざわつく。
嫌いだったはずなのに、
どこかで覚えている。

人の記憶は、
好き嫌いでは割り切れない。

そこには、
そのときの小さな僕が、
そのまま立っている。


断崖も、
つつじの甘さも、
母のにおいも。
僕のはじまりは、
感覚でできているみたいだ。
全部が、
いまの自分につながっている。

いま、
僕が味わうものは、
どんな自分へと
つながっていくのだろう。

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